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February 02, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-19-

元々運動神経はあまりよくないラウルだが、混んだバルの客席を駆け回るうち、人を避けるのはうまくなったようだ。飛び出してきた白い固まりも難なくよけた。しかし勢いがついてたそいつは石畳に足先を取られてその場に激しく転がった。
まだ夜(noche)が明けたばかりで静まりかえる街に、得体の知れない固まりが転がる音だけがなんどもエコーして響き渡る。近くのアパートの窓が一つだけ薄く開き、早起きの老人(viejo)が怪訝そうにこちらを見ているが、他に気付いた人はいないようだ。

小さなバルの若マスターとはいえ、ラウルもこの辺りではそこそこ顔(cara)を知られている。マドリッドの人はみな噂好きだから、妙な揉め事を起こして噂ネタを提供することを避けるに越したことはない。
これも商売仲間ミゲルから教わった処世術のひとつだ。俺たちは人を酔わせていい気持ちにさせてなんぼだ。儲けにゃならん。人や金ってものは集まるところに集まるように出来ている。筋を通すのもいいが、大事なのは笑って過ごせるかどうかだ。怒ったり憤ったりした方が負けだ。そんなことしてもいいことは一個もない。禿げた頭を叩きながらそう説教された。

ミゲルも若い頃にバルのボーイ(camarero)という客商売ををしながらもちっぽけな正義感を振りかざしてえらい目にあったらしい。詳しくは話してくれないがどうやらそれなりの運動家だったこともあるらしい。スペインは長く軍政下の時代が続き、泥を舐めた経験のある人も多い。それが影を落す揉め事に出くわすことはままあるが、出来るだけ近付かないようにしている。そういうことにかまけてるより、もっと大事なことがある。いやあるはずだ、とラウルは毎日(todos los días)考えながら暮らしている。

転がった固まりは呻き声をあげている。どうやら人らしきものではあるらしい。しかし着ているものは洋服というより、遊園地やお祭りで子供に風船(globo)を配るような人の入った動物のような質感の被り物を着ている。良く見ると真っ白ではなく、ところどころに丸く黒い(negro)模様が入り乳牛(vaca)のように見える。もちろん人間らしい足(pierna)が下から出ていて、意外やそこからはほっそりしてすべすべした肌の足が見えている。どちらかと言えば女の足に見える。

そいつが初めて意味のある声を発した。
「“ウン ベシート”(un besito)ていう店はどこですか?」

それはラウルのバルの名前だった。

(続く)

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