スペイン語に架ける恋の橋-17-
ホセは踊りの集まりから少し離れた木製のテーブル(mesa)の上に足を投げ出して座り、割れた瓶の口を握り、着ていた白い(blanco)スーツを真っ赤に染めて何事かを低く呟いていた。経理事務所に勤め、日頃から沈着冷静なホセのこんな姿を見たのは、その場に居た誰もが初めてだっただろう。尋常なことではない。
店側も音楽を止め、辺りは静まり返った。その中でホセの呟きが重く聞こえてきた。
「俺の娘だ。エリザベスは俺の娘だ。なあそうだろ?俺の種から生まれたんだ。そうなんだろ?今日の集まりだって俺が金を出した。俺は長男なんだ。エリザベスが美しいのは俺のおかげなんだ。」
エリザベスとは姪のセカンドネームだ。本当の名はセシリア(Cecilia)という。英国出身の母親がセカンドネームに英国の血が入っていることを残したかったのだろう。セシリアと名付けたのはラウルの母親でもある祖母(abuela)だが、家では母親がいつもエリザベスと呼んでいたので、いつの間にか家族や親戚までもそう呼ぶようになった。
エリザベスはラウルのもとを離れ、ホセのところに駆け寄り、父親(padre)に何事か話しをし、テーブルから下ろして店の奥の方へ連れて行った。母親も一緒だった。時折背伸びをしてホセの顔をキス(beso)をしている。ホセも落ち着きを取り戻し、娘と妻の肩を抱いて店の奥に消えた。
騒ぎは収まった。親戚達は何事もなかったかのように再び飲み食べ踊り始めた。
ラウルは、この時自分はやはり一人なんだということを改めて思い知った。晴れた青い空が、余計に胸に迫った。
支える者のいるものと、いないものとの差。自分だけが生きていければいいと思い、自由気儘に過ごしてこのまま生きていかれればと思っていた自分には何かが足らないんだと思った。
別にエリザベスを失ったわけではないし、元から姪であって恋人(amor)でもなんでもない。大体彼女はまだ10歳だ。
しかし何か変わらなければと強く思った。何かを変えないともうエリザベスには会ってはいけないんだと心に言い聞かせた。
この日を境にエリザベスから電話が掛かってくることはなくなり、程なくしてホセ一家はマドリッドを離れ、アンダルシア地方のマラガ(Málaga)に移住した。
(続く)







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