June 29, 2008

武器ジェネレーター

武器ジェネレーターというサイトで作った、私の本名(マル秘)を元にした武器です。
昔の中国あたりの剣のようですね、古めの名前だってことかな..

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February 17, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-24-

牛柄の女を連れて店へ戻るラウル。その姿はまるで、放牧を終えて牛舎へ帰る牛飼いとその愛牛のようだ。太陽が二人を見送る。
などというのどかな雰囲気ではない。
ここはイベリア半島(Peninsula Ibérica)最大の大都市(ciudad grande)マドリッド。歩く下は石畳だ。しかも夜が明けたばかりの早朝。
さっき「Adiós.」さよならを言った朝の常連さん達とまた顔を合わせる。しかしそれを避けて回り道をしようものなら、もっと多くの顔馴染みに会う(ver)可能性もある。いつもの道を戻るしかない。
早速(inmediatamente)ミゲルに見つけられてしまった。いつものように陽気に何かを言おうとした顔に戸惑いの表情がたちまち現れた。そりゃそうだろう。ラウルは相手を制するような形で軽く両手を上げてみせた。お願いだから何も言わないでくれ。
ミゲルもこれから家に帰りひと時の眠りに入る時間だ。そして何より人の心のうちを読むのが上手い。困ったような笑ったような微妙な表情を浮かべて軽く手を上げ、何かを言った。
んっ?声(voz)はしっかり聞こえたが、何を言ったのか意味が分からなかった。まるで知らない国の言葉のようだった。またもや外国人観光客から新しい言葉を仕入れたのだろうか?
以前ミゲルは日本(Japón)から来た客から、「萌え」という言葉を仕入れ面白がって使っていた。可愛いもの、いたわりたいもの、愛おしいものや人に持つ感情の表現のことだったと思う。今回もその類の言葉なのだろう。
今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかく店に戻らねば。

(続く)

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February 10, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-23-

ミゲルは禿げた頭(cabeza)をリズミカルに左右に振りながら、女性3人のテーブルに声を掛ける。
「ようこそいらっしゃいました(Bien venidos.)」
女性達は嬉しそうだ。こんな時に妙な発音(pronunciacion)の母国語で言われると却って冷めてしまうだろう。現地の人間と同じように扱うべきなのだ。
そしてミゲルは歌うように抑揚とリズムを付けてお勧めメニューを言う。2つ3つ料理名を言ってから右手(mano deracha)の親指(pulgar)を立て、
Bien.(おいしいですよ)」
これを繰り返す。なるほどこれならスペイン語が分からなくても、お勧め(recomendación)料理を言ってくれてることがなんとなく分かるだろう。
しかもミゲルのヘタな歌(canción)と妙な振り付けがおかしいらしく、女性達は笑い転げている。言葉は一切分かっていないのにだ。もうこれで注文を取ったも同然だ。
人は楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ。そして笑いのあるところには、安心と信頼が生まれる。そんな簡単な理屈をミゲルは実践してみせてくれている。

ラウルが帰ろう(帰るvolver)と他のボーイを呼んで精算を済ませている間も、ミゲルはなおも他のテーブルでアメリカ人(Americana)らしい女性客達を笑いの渦に巻き込んでいる。
すぐには真似はできなだろうが、その心意気だけはしっかりと盗ませてもらった。

(続く)

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February 09, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-22-

牛柄の女を引きずるようにして歩く。腕も被りものの服に覆われているので掴みにくい。とても細い腕だ。強く掴むと折れそうな気がして強引に引っ張ることはせず、相手の歩調に合わせて、でも少しだけ急がせるように引っ張る。素直についてくるのでやっかいなことにはなりそうになかった。
幸いまだ行き交う人はとても少なく(少ないpoco)、警官(policía)の姿も今のところは見えない。やましいところはどこもないのだが、こいつを見られてはいけない気がした。何故かラウル自身が恥ずかしい思いだった。
なんてことだろう。もう今日は寝る(dormir)ことさえ出来ないかもしれない。絵を描くのを仕事にしていた頃から1日や2日の徹夜は何度も経験してるから、寝られないことは気にならない。しかしバルを明日(mañana)、いや正しくはもう今日(hoy)の夕方だが、営業できるかどうかということの方が気になった。厨房の2人とアルバイトのボーイだけで急場はしのげるだろうが、たまにやってくる外国人観光客の集団ご一行様が来たらやばいことになる。スペイン語が話せない彼らからうまく注文(pedido)を取ることができるのはラウルだけなのだ。もうほとんど特技と言ってもいい。この技もミゲルから伝授してもらった。いや伝授というより、むしろ盗んだという方が近い。

バルを始めるにあたり、一応義理堅くミゲルの店に挨拶(saludo)に行った。そしてその場でバル経営の大変さを散々吹き込まれた。その中に外国人観光客の扱いの難しさ(dificultad)があった。しかしミゲルはそれを難しいと言いながら嫌がっている素振りは見せなかった。
ラウルは頭はあまり良くはない(頭がいいlisto)が、勘はいい。ミゲルが何か大事なことを隠しているような気がした。特に外国人観光客の扱い方についてだろう。
ある晩、一般客に混じってミゲルの店を訪れた。無論その秘密(secreto)を探るためだ。運(suerte)のいいことにその晩ミゲルの店には、東洋系と思われる若い女性の集団が数組居た。彼女らからどうやって注文を取るのか、そして満足させるのか。たぶんそれに秘密があるような気がして、店の隅の席からじっとミゲルの動きを観察した。ラウルが見ているのに気付いてる様子はない。
訳の分からない言葉で、メニューを見ながら話をしているグループの1つにミゲルが近付いていった。来た。やりとりを見逃してはならない。

(続く)

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February 07, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-21-

店の名を言いながら、牛柄の女(たぶんだが)は路上に倒れたままラウルを見上げた。
目鼻の付き方から言って人には違いない。生きてることも間違いない。
しかしどこの国(país)の者なのか、歳(edad)はいくつ位なのか皆目見当が付かない。目(ojoは黒く、眉(ceja)は茶色(marrón)っぽく、肌(piel)は絵の具で塗ったように綺麗なピンク色をしている。整った目鼻立ちは、神様(Dios)が自分で気に入るまで入念に、大きさや位置や角度のバランスを取って置いたかのようだ。性別はともかく、可愛い(bonito(a))顔であることは確かだ。
そして少なくともラウルに分かる言葉(lengua)、スペイン語(español)が話せることだけは間違いないようだ。

相当な昔(tiempo pasado)に見たことがあるような気がした。しかしいつどこでだったか全く思い出せない。思い出せないもどかしさと共に、すごく懐かしい感情も湧いてくる。親しみを感じている自分がいる。
さっきまで感じていた嫌な予感の正体はこれだったのだろうか。何かがこれから起こるのだろうか。
こんな朝(mañana)早くに妙な格好で歩いている不審な奴ではあるが、とりあえず自分が面倒をみなければいけない。ラウルは当然のようにそう感じていた。
牛柄の女は自分を見た(見るver)ままだ。答える(responder)のを待っているのだろう。とにかく自分の店に来たいのだろうから、ここで長々と話すよりも連れて行った方が早い。
ラウルはそいつが倒れてるのを起こし、そして腕(brazo)を取り今来た道を戻り始めた。

(続く)

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February 05, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-20-

ラウルが譲り受ける前の店の名前は“ラス コミダス”(las comidas)だった。単純に食べ物屋ってことだ。地元のおやじ連中には入り易いがちょっとがさつな感じのする店内だった。まずまず繁盛はしていたが30歳の超えたばかりのラウルがマスターをするには古い(viejo)感じがした。
バルをリニューアルするに目指したのは、老若男女誰でも入り易く、年齢(edad)や性別(sexo)、国籍(nacionalidad)などの差を越えて客同士が言葉を交わせるような気安さだった。内装の明るさやお洒落度はもちろんのこと、メニュー(menú)もスペイン料理だけにこだわらず、欧州(Europa)各国料理や日本料理(comida japonesa)なども取り入れた。
古くからの常連には当初嫌味を言われたが、ユニーク(único)なバルとしてガイドブック(el libro de guía )などに取り上げられ、若い女性(señolita)や外国人観光客(turista)などが来店し店が賑やかになってくると、元々話好きのマドリッドの人達と新しい客との交流は、あえて促すまでもなかった。

ラウルの狙いは当たった。
あえて伝統的な(tradicional)バルの雰囲気を守っているミゲルの店ともうまく棲み分けられ、商売敵は商売仲間になったというわけだ。持つべきものは友達というが、時には持つべきものは敵(enemigo)だということもあるのだ。
考え方や言い分の違うものとはとかく距離を置きたくなるものだが、逆にそういうものから得られることの方が、新しく(nuevo)新鮮(fresco)であることが多い。自分が積極的(positivo)に得ようとすれば、何からでも得ることがあるものだ。

“ウン ベシート”(un besito)という店の名は、姪のエリザベスが幼い頃の口癖から命名した。一緒に遊んでやるとお礼だばかりにラウルのほっぺに「軽いキス」を“ウン ベシート”(un besito)と言いながら何度も繰り返した。

まあ早い話が、ラウルは姪離れできてなかったというわけだ。

(続く)

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February 02, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-19-

元々運動神経はあまりよくないラウルだが、混んだバルの客席を駆け回るうち、人を避けるのはうまくなったようだ。飛び出してきた白い固まりも難なくよけた。しかし勢いがついてたそいつは石畳に足先を取られてその場に激しく転がった。
まだ夜(noche)が明けたばかりで静まりかえる街に、得体の知れない固まりが転がる音だけがなんどもエコーして響き渡る。近くのアパートの窓が一つだけ薄く開き、早起きの老人(viejo)が怪訝そうにこちらを見ているが、他に気付いた人はいないようだ。

小さなバルの若マスターとはいえ、ラウルもこの辺りではそこそこ顔(cara)を知られている。マドリッドの人はみな噂好きだから、妙な揉め事を起こして噂ネタを提供することを避けるに越したことはない。
これも商売仲間ミゲルから教わった処世術のひとつだ。俺たちは人を酔わせていい気持ちにさせてなんぼだ。儲けにゃならん。人や金ってものは集まるところに集まるように出来ている。筋を通すのもいいが、大事なのは笑って過ごせるかどうかだ。怒ったり憤ったりした方が負けだ。そんなことしてもいいことは一個もない。禿げた頭を叩きながらそう説教された。

ミゲルも若い頃にバルのボーイ(camarero)という客商売ををしながらもちっぽけな正義感を振りかざしてえらい目にあったらしい。詳しくは話してくれないがどうやらそれなりの運動家だったこともあるらしい。スペインは長く軍政下の時代が続き、泥を舐めた経験のある人も多い。それが影を落す揉め事に出くわすことはままあるが、出来るだけ近付かないようにしている。そういうことにかまけてるより、もっと大事なことがある。いやあるはずだ、とラウルは毎日(todos los días)考えながら暮らしている。

転がった固まりは呻き声をあげている。どうやら人らしきものではあるらしい。しかし着ているものは洋服というより、遊園地やお祭りで子供に風船(globo)を配るような人の入った動物のような質感の被り物を着ている。良く見ると真っ白ではなく、ところどころに丸く黒い(negro)模様が入り乳牛(vaca)のように見える。もちろん人間らしい足(pierna)が下から出ていて、意外やそこからはほっそりしてすべすべした肌の足が見えている。どちらかと言えば女の足に見える。

そいつが初めて意味のある声を発した。
「“ウン ベシート”(un besito)ていう店はどこですか?」

それはラウルのバルの名前だった。

(続く)

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January 28, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-18-

ホセがいなくなり、寂しく(寂しいtriste)なった実家の葡萄栽培の刈り取り時期だけは手伝い、両親を多少は励ましながら、フリーで細々と絵を描き、日雇いに近いアルバイトで食いつなぐ毎日が続いた。

姪のエリザベスと会わなくなったことだけで、こんなに自分が落ち込むとは思ってもいなかった。小学生の女の子(chica)に異性を感じるというのも、見ようによっては異常なのだろうが、今の自分の状態を考えると、自分は彼女に支えられていたのだと考えざるを得なかった。請われるままに遊んであげてたつもりが、自分の心の空白を埋めてくれていたのだ。

人の価値(valor)はその人そのものよりも、その人の周りにどんな人が集まっているのか、どんな人達を支え、どんな人達に支えられているかを見れば分かる。
高校の時に担任の教師(profesor)が、勉強の出来がいまいちだったラウルに話してくれた言葉だ。成績は悪かったが、ラウルの周りにはいつも色んな友人が集まって賑やかだった。担任はその理由(razón)を知っていてくれた。単に好きというだけで仕事でする気はなかった絵の道を、飯を食う道に選ばせてくれたのもその担任だった。

結果的に今を見れば担任の見立ては間違っていたが、絵を仕事としていた頃の付き合い、つながりは、バル経営の今でもとても役に立っている。単に客として来たり、店を人に宣伝してくれたりということだけでなく、経営に行き詰ったり、こんな昼夜逆転の生活に少々嫌気が差し始めた頃にも思わぬ知人が久々に店に現れ、勇気(ánimo)をもたらして帰ってくれた。
ほんとうに自分は人には恵まれている。ラウルはいつもそう思っている。

小さく聞こえていたバイオリンのような演奏の音が、徐々に大きく近付いてくる。そして次第にバイオリンの音ではなく、またクラシカルな旋律でないことも分かってくる。
これは何の音なんだ。

この角を右に曲がるとマヨール広場を囲む建物(edificio)の赤い壁がビ ルの隙間から見える。そこまで来た時、その角の向こうから 白い小さな固まりがひょいと飛び出してきた。

(続く)

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January 27, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-17-

ホセは踊りの集まりから少し離れた木製のテーブル(mesa)の上に足を投げ出して座り、割れた瓶の口を握り、着ていた白い(blanco)スーツを真っ赤に染めて何事かを低く呟いていた。経理事務所に勤め、日頃から沈着冷静なホセのこんな姿を見たのは、その場に居た誰もが初めてだっただろう。尋常なことではない。
店側も音楽を止め、辺りは静まり返った。その中でホセの呟きが重く聞こえてきた。
「俺の娘だ。エリザベスは俺の娘だ。なあそうだろ?俺の種から生まれたんだ。そうなんだろ?今日の集まりだって俺が金を出した。俺は長男なんだ。エリザベスが美しいのは俺のおかげなんだ。」

エリザベスとは姪のセカンドネームだ。本当の名はセシリア(Cecilia)という。英国出身の母親がセカンドネームに英国の血が入っていることを残したかったのだろう。セシリアと名付けたのはラウルの母親でもある祖母(abuela)だが、家では母親がいつもエリザベスと呼んでいたので、いつの間にか家族や親戚までもそう呼ぶようになった。

エリザベスはラウルのもとを離れ、ホセのところに駆け寄り、父親(padre)に何事か話しをし、テーブルから下ろして店の奥の方へ連れて行った。母親も一緒だった。時折背伸びをしてホセの顔をキス(beso)をしている。ホセも落ち着きを取り戻し、娘と妻の肩を抱いて店の奥に消えた。
騒ぎは収まった。親戚達は何事もなかったかのように再び飲み食べ踊り始めた。

ラウルは、この時自分はやはり一人なんだということを改めて思い知った。晴れた青い空が、余計に胸に迫った。
支える者のいるものと、いないものとの差。自分だけが生きていければいいと思い、自由気儘に過ごしてこのまま生きていかれればと思っていた自分には何かが足らないんだと思った。
別にエリザベスを失ったわけではないし、元から姪であって恋人(amor)でもなんでもない。大体彼女はまだ10歳だ。
しかし何か変わらなければと強く思った。何かを変えないともうエリザベスには会ってはいけないんだと心に言い聞かせた。

この日を境にエリザベスから電話が掛かってくることはなくなり、程なくしてホセ一家はマドリッドを離れ、アンダルシア地方のマラガ(Málaga)に移住した。

(続く)

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January 19, 2008

スペイン語に架ける恋の橋-16-

姪に指名されたラウルは何の躊躇いもなく彼女の手(mano)を取って踊り始めた。

ラウルの手の中で回る姪はとても可愛らしく、少し丸みを帯びて女性らしくなった体をくねらせるようにし、どこで覚えたのか誘うような手つきの振り付けで踊っていた。ラウルは叔父とは言えそこはやはり男だ。性的なものも多少は感じてしまって、彼女の誘いに乗るような素振りを見せ、恋人同士のような密着をするような瞬間もあったかもしれない。いや周りからはそう見えただけなのかもしれない。

初めの踊り(baile)の相手に父親を選ばなかった姪に、親戚のものたちも多少は驚きながらも、厳格な父親ホセの性格と、人懐こいラウルの性格の違いを誰もが知っていたから、いつのまにやら二人の踊りを取り囲み、非難どころか却って煽るような賑わいを見せ始めていた。

手を固くつなぎ、体を時折絡み合わせ、情熱的に踊るラウルと10歳の姪。
そこには親戚という間柄を超え、スペインの首都近郊に花咲いた一組の若いカップルが、今にも本当に結びつこうとしているかのような、輝く空間をもたらしていた。

そしてそれを取り囲む親戚という観衆。

何もかも絵になっていた。ラウルは期せずしてそこで絵を描いていた。
画材は自分と姪と親戚連中。
描かれているのは赤い色に色づき始めた、若い男と女の心の混ざり合いだ。
白くあるべき二人の色は、他人同士の男女が出会い、惹かれあうような赤色を発していた。

そこには遮るものはなかった。

ホセがワイン(vino)の瓶を叩き割る音が響くまでは。

(続く)

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